花咲徳栄の甲子園優勝回数と通算成績!同校出身プロ野球選手も紹介!

この記事では埼玉の野球の名門校である花咲徳栄について取り上げたいと思います。埼玉県にはこれまでに全国制覇を成し遂げた高校は3校存在するのですがその1校が花咲徳栄です。また花咲徳栄は埼玉県に初めて夏の甲子園の深紅の優勝旗をもたらした高校でもあります。
花咲徳栄はここ数年で一気に全国レベルの強豪校に仲間入りし(※優勝したのも2017年)、今では浦和学院と並び埼玉の二大巨頭となっています。

そんな花咲徳栄の甲子園の出場回数・優勝回数と通算成績を紹介いたします。さらに花咲徳栄出身のプロ野球選手の紹介と学校の基本情報と野球部の歴史についてもお伝えしたいと思いますのでどうぞお楽しみに。

花咲徳栄の甲子園優勝回数及び出場回数と通算成績

ここでは花咲徳栄の甲子園における通算成績を紹介したいと思います。合わせて甲子園優勝回数と出場回数についてもご紹介します。

選抜大会(春の甲子園)

■出場回数・・・・・4回
(2003、2010、2013、2016)

■優勝回数・・・・・0回

□準優勝回数・・・・0回

■通算成績・・・・・3勝4敗(※勝率43%)

選手権大会(夏の甲子園)

■出場回数・・・・・6回
(2001、2011、2015、2016、2017、2018)

■優勝回数・・・・・1回
(2017)

□準優勝回数・・・・0回

■通算成績・・・・・12勝5敗(※勝率71%)

春夏合わせて

最後に春夏合わせての数字も書いておこうと思います。

■出場回数・・・・・10回
■優勝回数・・・・・1回
□準優勝回数・・・・0回
■通算成績・・・・・15勝9敗(※勝率63%)

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花咲徳栄出身のプロ野球選手一覧

<1973年度生まれ>
■品田操士・・・・(元近鉄バファローズ)
1973年10月3日生 183cm/83kg 右投右打 投手

<1974年度生まれ>
■阿久根鋼吉・・・(元北海道日本ハムファイターズ)
1974年6月22日生 179cm/83kg 右投左打 内野手

■池田郁夫・・・・(元広島東洋カープ)
1974年6月22日生 180cm/84kg 左投左打 投手

<1976年度生まれ>
■品田寛介・・・・(元広島東洋カープ)
1976年3月15日生 179cm/75kg 右投右打 投手

<1978年度生まれ>
■神田大介・・・・(元横浜ベイスターズ)
1978年4月30日生 184cm/82kg 右投両打 投手

<1982年度生まれ>
■新井智・・・・・(元阪神タイガース)
1982年7月25日生 178cm/75kg 左投左打 投手

<1983年度生まれ>
■根元俊一・・・・(千葉ロッテマリーンズ)
1983年7月8日生 177cm/77kg 右投左打 一塁手、二塁手、遊撃手

<1988年度生まれ>
■阿部俊人・・・・(元東北楽天ゴールデンイーグルス)
1988年12月23日生 180cm/73kg 右投左打 遊撃手、三塁手、二塁手

<1995年度生まれ>
■楠本泰史・・・・(横浜DeNAベイスターズ)
1995年7月7日生 180cm/77kg 右投左打 外野手

■若月健矢・・・・(オリックス・バファローズ)
1995年10月4日生 179cm/87kg 右投右打 捕手

<1997年度生まれ>
■武田愛斗・・・・(埼玉西武ライオンズ)
1997年4月6日生 178cm/84kg 右投右打 外野手

<1998年度生まれ>
■岡崎大輔・・・・(オリックス・バファローズ)
1998年9月17日生 182cm/75kg 右投左打 遊撃手

■高橋昂也・・・・(広島東洋カープ)
1998年9月27日生 181cm/87kg 左投左打 投手

<1999年度生まれ>
■西川愛也・・・・(埼玉西武ライオンズ)
1999年6月10日生 180cm/78kg 右投左打 内野手

■清水達也・・・・(中日ドラゴンズ)
1999年11月3日生 182cm/83kg 右投右打 投手

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花咲徳栄の基本情報と野球部の歴史

基本情報
校名:花咲徳栄高等学校
国公私立の別:私立学校
設置者:学校法人佐藤栄学園
設立年月日:1982年
共学・別学:男女共学
所在地:347-8502 加須市花崎江橋519
電話番号:0480-65-7181

野球部の歴史

花咲徳栄高校の野球部は学校創立と同じ1982年(昭和57年)に創部されました。創部8年目となる1989年に桐光学園(神奈川)の監督を務めていた稲垣人司さんが招かれ花咲徳栄の監督に就任。
ところがその稲垣監督は2000年10月15日に同校グランドで行われた横浜隼人高等学校との練習試合中にベンチで倒れ、病院に運ばれましたがそのまま亡くなってしまうというアクシデントがありました。ちなみに原因は心筋梗塞だったそうです。
この稲垣監督の急死により翌年から桐光学園で稲垣監督の教えを受けた愛弟子でもあり花咲徳栄のコーチを務めていた岩井隆さんがチームを指揮することになりました。

花咲徳栄の甲子園初出場は岩井監督が就任した年である2001年の選手権大会でこの時は甲子園初勝利はしたものの2回戦敗退でした。
2003年には初の選抜大会出場を果たし現在までの選抜での最高成績となるベスト8になりました。そして2017年に選手権大会で甲子園初優勝、埼玉県勢としては初となる夏の甲子園優勝を成し遂げました。

※最終更新日 2018年10月30日

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