浅尾拓也の嫁と子供!出身大学や高校は?年俸推移と愛車遍歴も紹介!

この記事では中日ドラゴンズに所属する浅尾拓也選手について取り上げたいと思います。中日の黄金時代を支えたセットアッパーです。そ んな浅尾選手ですがどうやら結婚しているということが分かりました。

そこでお嫁さんや子供について知り得た情報をお伝えしたいと思います。もちろん 浅尾選手の出身高校や大学など経歴やこれまでの野球歴なんかもご紹介します。さらに気になる方も多い年俸推移や愛車遍歴などについても調べてみましたのでお楽しみに。

浅尾拓也の出身大学や高校など経歴

プロフィール
名前:浅尾拓也
生年月日:1984年10月22日
年齢:
出身地:愛知県知多市
血液型:A型
身長/体重:182cm/78kg
出身高校:愛知県立常滑北高校
出身大学:日本福祉大学
趣味・特技:ドライブ
ポジション:投手
背番号:41
所属チーム:中日ドラゴンズ

浅尾選手の家族は両親で、兄弟はどうやらいないようです。父親の美国(よしくに)さんは2014年の末に肺がんで亡くなっています。

浅尾選手と言えば球界を代表するリリーフ投手ですが、中学時代までは投手ではなく捕手を務めていました。常滑北高校でも捕手を務めましたが2年生の秋に投手へ転向します。

日本福祉大学では愛知大学リーグの2部と3部で通産53試合に登板し、21勝9敗の成績を残します。最高球速も大学入学時には138キロだったものが卒業時には152キロにまで伸びました。浅尾選手は2006年のドラフト会議で中日ドラゴンズに3位指名を受け、入団します。

ルーキーイヤーは一軍で初登板と初勝利を達成しますが、 肩を痛めて後半戦は登板できませんでした。故障の影響で、浅尾選手は2年目も開幕を二軍で迎えますが復帰後は抑えの岩瀬仁紀選手へつなぐセットアッパーとして登板しました。岩瀬選手が北京五輪へ招集された期間には岩瀬選手の代役として抑えも務めました。

続く2009年には先発へ転向し、開幕投手として勝利投手となりますが以後は先発として振るわず中継ぎへ再転向します。浅尾選手はこの年以後中日中継ぎ陣の中心的な存在となり、2010年には日本新記録となる21試合連続ホールドポイント、シーズン59ホールドポイント、シーズン47ホールドを記録します。

2011年には79試合に登板し7勝2敗10セーブ 防御率0.41 45ホールド 52ホールドポイントという圧倒的な成績で中日のリーグ連覇へ大きく貢献します。この年は阪神タイガースのジェフ・ウィリアムス投手の持つ通産ホールドポイント記録を更新する155ホールドポイントをマークし、セ・リーグのMVPとゴールデングラブ賞に選ばれます。

しかし翌年から、浅尾選手は謎のストレートの減速に見舞われ、成績が下がります。打ち込まれることが増え、登板数も減少し、2014年には22試合に留まります。2015年には復調の気配を見せますが、翌2016年にはついに一軍登板ゼロに終わります。2017年には2015年以来の一軍登板を果たし、史上3人目、セ・リーグでは2人目となる通産200ホールドを達成しました。

主な獲得タイトル
・最優秀中継ぎ投手賞:2回(2010年、2011年)
・最優秀選手:1回(2011年)
・月間MVP:1回(2009年7月)
・ゴールデングラブ賞:1回(2011年 ※先発登板の機会が一度もない投手の受賞は両リーグ初)

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浅尾拓也の嫁や子供について

浅尾選手と言えばモデル顔負けの整った顔立ちです。加えて高年収で、女性人気も絶大です。浅尾選手の女性関係が気になる人は多いのではないでしょうか。

浅尾選手は2009年の12月29日に、同じ常滑市出身で常滑市在住の古川沙帆里さんと結婚しています。古川さんは浅尾選手の常滑北高校時代の同級生で、デザイン系の会社に勤めていました。

浅尾選手と古川さんは結婚に至るまでが波乱万丈です。高校1年生のときに一度交際したおふたりは数か月で別れ、高校3年生のときに再び交際しますがお互いに別の大学へ進んだことを機にまた破局します。

浅尾選手が中日へ入団した1年目に、古川さんから申し出て三度交際を始めますが翌年9月にまた破局しました。そして2009年5月に浅尾選手から最後のプロポーズをして結婚に至りました。

いかにも女性人気の高そうな浅尾選手ですが幾度も交際と破局を繰り返して、それでも同じ相手とゴールインする一途さがあるのは素敵ですよね。また女性ファンが増えてしまいそうです。

そんなおふたりの間には男の子が1人いるようです。名前など、詳しいところは公開していないようです。

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浅尾拓也の年俸推移と愛車遍歴

ここでは中日連覇の立役者である浅尾選手の年俸推移についてご紹介します。

2007年・・・1200万円(※契約金8000万円)
2008年・・・1700万円
2009年・・・3500万円
2010年・・・7500万円
2011年・・・1億3500万円
2012年・・・2億7500万円
2013年・・・2億2000万円
2014年・・・1億6500万円
2015年・・・1億2000万円
2016年・・・9800万円
2017年・・・7350万円
2018年・・・5600万円

最後にこちらも気になる人が多いと思われる、浅尾選手の愛車遍歴についてご紹介します。
浅尾選手が最初に愛車にしていたのは、トヨタのランドクルーザーです。2011年ごろまでは乗っていたと思われます。トヨタは中日のお膝元である愛知県に本社を置いているので、流石ですね。ランドクルーザーはトヨタを代表する4WDで、価格は500万円からです。


【出典元:https://toyota.jp/landcruiser/

しかし浅尾選手は中継ぎとして大ブレイクした後は愛車をポルシェにしたようです。具体的な車種は不明ですが、600万円は下りません。高いモデルでは2000万円に迫るものもあります。


【出典元:https://www.porsche.com/japan/jp/models/718/

この記事では中日ドラゴンズの黄金時代を支えたセットアッパーである浅尾拓也選手のこれまでの経歴や野球歴、嫁や子供、年俸推移や愛車遍歴についてご紹介してきました。
浅尾選手は150キロのストレートも投げられない苦しいシーズンをここ何年かは送っています。しかし中日が近年のBクラスから脱却するには浅尾選手の復活は欠かせません。奮闘する浅尾選手をこれからも応援していきたいですね。

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