中田翔の嫁と子供!出身高校は?年報推移と愛車遍歴も紹介!

この記事では北海道日本ハムファイターズに所属する中田翔選手について取り上げたいと思います。豪快な打撃を武器にして鳴り物入りで日ハムに入団し、今や日本の四番を打つまでに成長した、日本を代表するスラッガーです。そんな中田選手ですがどうやら結婚しているということが分かりました。そこでお嫁さんや子供について知り得た情報をお伝えしたいと思います。もちろん中田選手の出身高校など経歴やこれまでの野球歴なんかもご紹介します。さらに気になる方も多い年俸推移や愛車遍歴についても調べてみましたのでお楽しみに。

中田翔の出身高校など経歴

プロフィール
名前:中田翔
生年月日:1989年4月22日
年齢:
出身地:広島県広島市中区
血液型:O型
身長/体重:183㎝/99㎏
出身高校:大阪桐蔭高等学校
趣味・特技:ボウリング
ポジション:内野手(一塁手)、外野手(左翼手)
背番号:6
所属チーム:北海道日本ハムファイターズ

中田選手は尊敬する選手として、埼玉西武ライオンズ、読売ジャイアンツ、オリックスバファローズで活躍された清原和博選手を挙げたことがあるそうです。右打ちのスラッガーというところで共通するものがありますよね。清原選手も自身の後継者として中田選手と接したこともあったようです。ただ清原選手はよくない話が絶えませんので、中田選手も悪いところは参考にしないでもらいたいものです。

ではまずそんな中田選手の家族から紹介していきます。
中田選手は母子家庭で育ちました。母親はとてもしっかりした人だったようです。中田選手は新人時代、母親と話し合って給料を管理してもらい、自身は月30万円のお小遣いをもらっていたそうです。中田選手も母親への感謝はたびたび口にしており、なんと広島に豪邸とも言えるほどの家をプレゼントしたこともあるそうです。
また中田選手には兄が一人います。中田選手は自身の初任給でお兄さんへ23万もする財布を贈ったそうです。
中田選手はとても家族思いの人なんですね。

そんな中田選手が野球を始めたのは小学校3年生のとき。広島鯉城リトルに入団しました。最初は捕手としてプレーしていましたが6年生のときに投手へ転向します。
中学3年生のときには広島鯉城シニアで日本代表に入り、4番兼エースとして日本代表を準優勝へ導きます。シニアの県大会では推定飛距離170メートルの特大アーチを放つなど当時から高い野球センスを持ち、県内でも有名だったようです。

しかし当時の中田選手はとても素行が悪かったことでも有名でした。小学生のころからケンカっ早く、やんちゃな性格で、よくない噂が絶えません。この素行が問題だったのか、中田選手は広島県内の強豪校でなく、大阪桐蔭高校への進学を決めます。

大阪桐蔭では1年の夏から一塁でスタメンをつかみ、甲子園のベスト4へ貢献します。秋からは4番兼エースとなり、2年生の春には最速151㎞/hを記録。打者としても大阪大会新記録となる4試合連続本塁打、甲子園で推定飛距離140メートル弾を放つなどめざましい活躍を見せ、「平成の怪物」とまで呼ばれるようになります。
最後の夏となる高校3年次には当時の高校通産記録を塗り替える87本目の本塁打を放ちます。甲子園での更なる活躍も期待されましたが、大阪大会で後に千葉ロッテマリーンズへ入団する植松優友選手を擁する金光大阪高校に敗れ、甲子園出場を逃してしまいます。

2007年の高校生ドラフトにて中田選手は、4球団に1位指名を受け、抽選で交渉権を獲得した日ハムへ入団します。背番号は同年に現役を引退した田中幸雄選手の着けていた6。1年目から一桁の背番号というのは球団の期待の表れだったのではないでしょうか。

中田選手が一軍へ出場し始めたのは2年目からです。交流戦から一軍へ上がると初安打を記録、9月には初打点も記録します。3年目には故障もありましたがそれ以後は新たに就任した栗山英樹監督の下、チームの中心選手として活躍するようになります。

初めて侍ジャパンの代表に選ばれた2013年には自身初の打率3割、自己最多の28本塁打をマーク、翌年2014年には2年連続25本塁打以上となる27本塁打、100打点を記録し、初めてのタイトルである打点王を獲得。それ以後も日本代表にたびたび選出され、中田選手は日ハムの四番であると共に、日本の四番としても期待されるようになりました。

主な獲得タイトル
・打点王:2回(2014年、2016年)
・ベストナイン:4回(外野手部門:2013年、2014年 一塁手部門:2015年、2016年)
・ゴールデングラブ賞:2回(一塁手部門:2015年、2016年)

さてこの中田選手、実はかなり後輩思いの側面があるようです。

中田選手は2014年ごろから自身の名前をもじった「中田賞」を創設しました。「中田賞」とは後輩選手に独自のノルマを課し、達成した選手に数十万円分のプレゼントを贈るという企画です。特に可愛がっていた杉谷選手とは「スタメンに定着したらフェラーリを贈る」と約束していたそうです。
また交流戦など広島へ行く際には「中田会」と称して後輩を10人以上も実家へ引き連れ、食事をふるまうこともするそうです。

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中田選手の嫁や子供について

中田選手は2012年の1月11日に結婚を発表しています。お嫁さんは一般女性の方で、高校時代から交際をしていたそうです。プロポーズは中田選手からしたそうで、プロポーズの言葉は「俺が稼ぐから、お前は働かんでええよ」というもの。男性なら言ってみたい、女性なら言われてみたい、とても男らしい、豪快なイメージの中田選手らしい言葉です。

さて中田選手のお嫁さんですが、調べたところ大阪桐蔭高校時代の同級生で、深田恭子さん似のスレンダーな美人だそうです。また中田選手を叱りつけるほどしっかりとした人でもあるらしく、中田選手が好きだったビーチバレーの浅尾美和選手のポスターを寮の自室に貼っているのを見るやすぐに「調子に乗るな!すぐに取れ!」と一喝したというエピソードもあります。

中田選手にはこのお嫁さん以外に熱愛報道などはなかったようなので、かなり一途に交際を続けていたようですね。

そんな中田夫妻の間には2013年1月15日に第一子女児が、2016年4月16日には第二子女児がそれぞれ誕生しています。中田選手は子供が生まれる前から「100%親バカになる」と断言しており、またもし女の子が生まれたら「パパの洗濯物と一緒に洗わんといて」と言われることを覚悟し、しかもそのときは「洗濯機を2台買うんちゃうかな?」とどこかボケた発言をしてしまうほどの子供好きです。子供は二人共女の子ですから、もしかしたら将来、本当に2台めの洗濯機を購入してしまうかもしれませんね。

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中田選手の年俸推移と愛車遍歴

ここでは日ハムの中心選手であり、日本の四番である中田選手の年俸推移をご紹介します。

2008年・・・・1500万円(※契約金1億円)
2009年・・・・1200万円
2010年・・・・1200万円
2011年・・・・1800万円
2012年・・・・4500万円
2013年・・・・8500万円
2014年・・・・1億5000万円
2015年・・・・2億円
2016年・・・・2億4500万円
2017年・・・・2億8000万円
2018年・・・・2億円
2019年・・・・2億8000万円
※2019年から3年契約

最後にこちらも気になる方が多いと思われる中田選手の愛車情報についてお伝えします。
中田選手が最初に買った自動車はトヨタのレクサスだそうです。価格は約1500万円です。


【出典元:https://lexus.jp/models/ls/gallery/

また年俸が上がってくると中田選手はもう一台自動車を購入します。
それがランボルギーニ・アヴェンタドールです。価格は最低でもなんと約4500万円からです。


【出典元:https://www.cornesmotors.com/lamborghini/detail/aventador_s_coupe

ただし現在中田選手はこのランボルギーニ・アヴェンタドールを所有していないようです。
中田選手は北海道の中古車販売店であるティーバイティーガレージのCMに出演したことがあるのですが、そのCMの中でこのランボルギーニ・アヴェンタドールを査定する、というシーンがありました。なんと中田選手はその査定を受けて本当に売却してしまったというのです。査定価格は5350万円だったそうですが、購入金額はいったいいくらだったのでしょうか。

しかも売却した理由が「不便だから」と言うのだからすごいです。札幌市でランボルギーニ・アヴェンタドールに乗る人はそう何人もいないでしょうし、車だけで中田選手だと分かってしまうのは確かに不便かもしれません。しかしだからといって本当に売ってしまうのは豪快ですよね。

なので現在、中田選手の愛車はレクサス一台だけだと思われます。

さてこの記事では日本の四番である中田選手のこれまで経歴や野球歴のほか、家族やお嫁さん、年俸や愛車について紹介してきました。
日ハムの主砲として、家族の柱として、風貌さながらの豪快な打撃や言動にはこれからも注目です。

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