田中賢介の嫁と子供!出身高校は?年俸推移と愛車遍歴も紹介!

この記事では北海道日本ハムファイターズに所属し、2019年限りでの現役引退を表明している田中賢介選手について取り上げたいと思います。

田中選手は俊足堅守にコンパクトなバッティングで3拍子揃った内野手として活躍しており、過去にはメジャーリーグに挑戦したこともある名プレイヤーです。2019年シーズン前に本年限りでの現役引退の意思を発表しており、ラストシーズンを戦っています。

そんな田中選手ですが実は結婚されているということが分かりました。そこでお嫁さんや子供について知り得た情報をお伝えします。

もちろん田中選手の出身高校などの経歴や、これまでの野球歴などについてもご紹介します。さらに気になる方も多い年俸推移や愛車遍歴などについても調査しましたので、お楽しみに。

田中賢介の出身高校など経歴

プロフィール
名前:田中賢介(たなかけんすけ)
生年月日:1981年5月20日
年齢:
出身地:福岡県筑紫野市
血液型:O型
身長/体重:176cm/80kg
出身高校:東福岡高等学校
趣味・特技:ドライブ
ポジション:内野手(主に二塁手)
背番号:3
所属チーム:北海道日本ハムファイターズ

福岡県で生まれ育った田中選手は小学校低学年のころから野球をはじめ、中学では硬式野球に転向しました。

福岡の名門校である東福岡高校へと進学し、いわゆる「松坂世代」の一学年下の世代として後にプロ入りする先輩らと共に2年生で甲子園にも出場し松坂大輔投手とも対戦しました。

その後も春夏合わせて3回甲子園に出場したチームの1番バッターとして躍進に貢献し、高い評価を受けていた1999年のドラフト会議では日本ハムの他に中日ドラゴンズと西武ライオンズとの3球団競合指名に。
その抽選で交渉権を獲得した日本ハムに入団しプロ野球選手としてのキャリアを歩み始めることになりました。

プロ入り後は高卒ルーキーながら一軍デビューを果たすなど順調なスタートを切ったものの2年目以降は安定した成績が残せず暫く二軍暮らしが続きました。

そこで田中選手はコーチと共に猛練習に励み持ち味の打撃に磨きをかけながら二塁手としての守備にも磨きをかけると、7年目となる2006年の途中から一気にレギュラーを獲得。

その後は怪我や不振もありながら主軸として高い成績を残しチームに貢献し続け、2012年には海外FA権を行使してメジャーリーグへの挑戦を表明しました。

メジャーリーグではサンフランシスコ・ジャイアンツとマイナー契約を結んだものの、環境の違いに苦しみ成績を残せずマイナーで外野手へとコンバートされました。

しかし田中選手はそこで好成績を残しメジャー昇格を勝ち取ると、初ヒットだけでなく盗塁や外野手としてファインプレーを見せるなど高い適応力を示しました。

その後もマイナーリーグで挑戦を続けましたが昇格することは出来ず、2014年のオフに古巣の日本ハムへ復帰。

日本ではベテランとして後輩に手本を示しながら活躍していましたが、成績の降下もあり2019年シーズン限りで現役を引退すると発表し、最後のシーズンに臨んでいます。

田中選手のプロでの獲得タイトル・受賞歴をまとめました。

獲得タイトル・受賞歴
ベストナイン 6回 (2006年、2007年、2009年、2010年、2012年、2015年)
ゴールデングラブ賞 5回 (2006年~2010年)
月間MVP 1回 (2010年6月)
<主な記録>
通算1000本安打 (2012年6月27日)  ※史上268人目
連続打席無併殺打862打席(729打数) ※ パ・リーグ歴代2位
シーズン犠打58 (2007年) ※パ・リーグ歴代最多
シーズン打席680 (2009年) ※パ・リーグ歴代2位

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田中賢介の嫁や子供について

そんな田中選手、実は既に結婚されています。

結婚は2012年の1月29日で、お相手は北海道のテレビ局である札幌テレビ放送(STV)のアナウンサーだった西森千芳さんという田中選手にとって4つ年下の綺麗な女性です。

野球選手とアナウンサーという定番のカップルですが、田中選手は福岡で育ち日本ハムに入団し、その日本ハムが本拠地を札幌に移転したというご縁でおふたりの出会いに繋がったようです。

2012年の3月には千芳さんは同局を寿退社し田中選手を家庭から全力でサポートしており、後に第一子となる男の子も誕生しています。

結婚の翌年からはメジャーリーグに挑戦し、再び北海道へと帰ってきた田中選手。

今では田中選手は奥さんの古巣となるSTVラジオというラジオ局で自身がパーソナリティーを務める番組も担当しており、大きな転機となる結婚となりました。

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田中賢介の年俸推移と愛車遍歴

メジャーリーグを経て日本ハムでキャリアを終えようとしている田中選手。
気になる年俸の推移は以下のようになっています。(金額は推定、2013年と2014年はメジャーリーグ所属)

2000年 800万円 (※契約金8000万円)
2001年 850万円
2002年 1000万円
2003年 1300万円
2004年 1350万円
2005年 1500万円
2006年 1350万円
2007年 4500万円
2008年 7500万円
2009年 1億4000万円
2010年 1億9000万円
2011年 2億5000万円 
2012年 2億7000万円
2013年 約7500万円
2014年 約2400万円
2015年 1億5000万円
2016年 1億5000万円
2017年 2億円
2018年 7500万円
2019年 6500万円

そんな田中選手の愛車はフォルクスワーゲン トゥアレグという情報がありました。


【出典元:https://cobby.jp/touareg-modelchange.html

ドイツの高級車メーカーであるフォルクスワーゲンが製造販売するSUV車トゥアレグが田中賢介選手の愛車のようです。

ただしこれは田中選手がメジャーリーグに挑戦する前の頃の情報であり、今ではまた異なる車種に買い替えているかもしれません。

元々トゥアレグの前はアウディに乗っており、それも購入時に同席した同僚の選手によれば「5分で決めてしまった」そうで、本人も「動けば何でもいい」と発言していたそうです。

そうはいってもやはりプロ野球選手として安全かつ頑丈でしっかり走る高級車が必然と選ばれるようですね。

そんな田中選手は自身のイメージカラーがピンクであることからピンクリボン活動にも積極的に取り組むなど社会貢献に熱心で、しかも球団愛を貫き一度メジャーに挑戦してから再び日本ハムに復帰して活躍しているのでファンからも非常に愛されている選手です。

田中選手自身も近年は全盛期に比べると思うような成績が残せず大幅な減俸になっても、球団への感謝を優先して残留しており最後まで日本ハムの一員としてユニフォームを脱ぐことを決めました。

田中選手の経歴や家族、年俸から愛車まで紹介して参りました。国内外で活躍した名プレイヤーで、いよいよ現役ラストシーズンとなった田中選手の最後の勇姿は見逃せません。

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