平野佳寿の嫁と子供!出身大学や高校は?年俸推移と意外な契約の経緯!

この記事ではアリゾナ・ダイヤモンドバックスに所属する平野佳寿選手について取り上げたいと思います。メジャーでもセットアッパーを務める鉄腕投手です。そんな平野選手ですがどうやら結婚しているということが分かりました。

そこでお嫁さんや子供について知り得た情報をお伝えしたいと思います。もちろん平野選手の出身高校や大学など経歴やこれまでの 野球歴なんかもご紹介します。さらに気になる方も多い年俸推移や、アリゾナ・ダイヤモンドバックスとの意外な契約の経緯などについても調べてみましたのでお楽しみに。

平野佳寿の出身大学や高校など経歴

プロフィール
名前:平野佳寿
生年月日:1984年3月8日
年齢:
出身地:京都府宇治市
血液型:O型
身長/体重:186㎝/84㎏
出身高校:京都府立鳥羽高等学校
出身大学:京都産業大学
趣味・特技:不明
ポジション:投手
背番号:66
所属チーム:アリゾナ・ダイヤモンドバックス

平野選手の家族構成は両親のみ。父親は「褒めて伸ばす」という教育方針で平野選手を育てました。そのため平野選手はとても自信家に育ち、自分が打たれて試合に負けた際には母親に電話をかけ、いかに自分が悪くないか弁解するそうです。

そんな平野選手が野球を始めたのは小学校3年生のとき。地元の軟式野球チームで捕手兼内野手としてプレーし、中学生のころに投手へ転向しました。鳥羽高校への進学後は3季連続で甲子園へ出場しますが、平野選手は腰痛などもありエースとして登板することはありませんでした。

京都産業大学へ進学後は2年次からエースとして関西六大学野球に登板します。大学通算で56試合登板で36勝11敗、防御率1.33、404奪三振という記録を収め、最優秀選手を2回、最優秀投手を4回、ベストナインを4回受賞しています。36勝、404奪三振は関西六大学野球の新記録となりました。平野選手は2005年の大学・社会人ドラフトでオリックスバファローズに希望枠で入団しました。

ルーキーイヤーを一軍で迎えた平野選手は先発として起用されます。前半戦で6勝を記録し、オールスターにも監督推薦で出場しますが、後半戦で1勝しかできず7勝に終わります。一方で西武ライオンズの松坂大輔選手に次ぐ10完投4完封を記録しています。

2年目は防御率を改善させましたがリーグワーストの13敗を喫します。2008年は開幕前に肘の手術を受けてシーズンを全休しますが翌2009年にはローテーションに復帰します。しかしこの年も勝ち星は伸び悩み、平野選手は大きく負け越しを記録してしまいます。

先発で結果の出なかった平野選手は2010年から中継ぎへ配置転換されます。転向1年目の2010年には63試合へ登板し、パリーグの中継ぎ投手では最も多い101三振を奪います。この年は監督推薦でオールスターゲームにも出場しています。

翌年は72試合に登板し、初めてのタイトルとなる最優秀中継ぎ投手を獲得します。2013年からは抑えに転向し、2014年には当時のパリーグシーズン最多セーブの記録を更新する40セーブを記録し、最多セーブのタイトルを獲得します。

2015年は中継ぎへの再配置転換や二軍調整も経験し成績が悪化します。翌2016年もセットアッパーとして起用されましたが、抑え候補のエリック・コーディエ投手の成績が振るわなかったため抑えへと復帰しています。

2017年は開幕前にWBCの日本代表に選出され、チーム最多の6試合に登板します。シーズンでは3度のサヨナラ負けや志願しての二軍調整などもあり、29セーブを記録しながら3勝7敗と大きく負け越してしまいます。この年のオフに平野選手は海外FA権を行使し、アリゾナ・ダイヤモンドバックスへ移籍します。

ダイヤモンドバックスでは中継ぎ投手として26試合連続無失点を記録するなど、平野選手は一年目からチームの戦力として機能しています。

主な獲得タイトル
・最優秀中継ぎ投手:1回(2011年)
・最多セーブ投手:1回(2014年)

スポンサーリンク

平野佳寿の嫁や子供について

平野選手は2011年のオフに、同じ年の佐藤亜衣さんと結婚しています。佐藤さんはゴルフ場で働いており、2009年のオフに平野選手と出会いました。

平野選手は佐藤さんに一目惚れし、猛アタックの末に交際を始めたそうです。佐藤さんは交際を始めた当初、平野選手がプロ野球選手だと知らなかったそうです。

そんなおふたりの間に子供がいるという情報はありませんでした。発表されていないだけでいるかもしれませんが、もしいないなら、年齢を考えたらそろそろ欲しい頃合だと思います。

スポンサーリンク

平野佳寿の年俸推移と意外な契約の経緯

ここでは長年オリックスのブルペンを支えた平野選手の年俸推移をご紹介します。

2006年・・・1500万円(※契約金1億円)
2007年・・・3700万円
2008年・・・4800万円
2009年・・・3800万円
2010年・・・4200万円
2011年・・・7200万円
2012年・・・1億2000万円
2013年・・・1億5000万円
2014年・・・1億9000万円
2015年・・・3億円
2016年・・・3億円
2017年・・・3億円
2018年・・・約3億4000万円(約300万ドル)

最後に平野佳寿選手の意外な契約の経緯についてご紹介します。平野選手が海外FA権を行使した際には、アリゾナ・ダイヤモンドバックスを含む複数球団からオファーがあったと言われています。

日本人選手がアメリカへ挑戦するときはニューヨークやシカゴ、シアトルなど都会の球団へ行くことが多いですが、その中で平野選手はアリゾナ・ダイヤモンドバックスを選びました。

その理由はダイヤモンドバックスが最初にオファーをくれたからというものでした。平野選手にとっては金額よりも最初に自分を必要としてくれた球団へ行きたいという思いがあったようです。誠実な性格を感じ取れるエピソードです。

この記事では新天地アリゾナで活躍する平野佳寿選手のこれまでの経歴や野球歴、家族や子供、年俸推移、契約の経緯について紹介しました。
同年にメジャーへ挑戦した大谷翔平選手と比べ、平野選手はどうしてもやや地味な印象を受けてしまいます。しかし平野選手もまたアリゾナで必要不可欠な存在となりつつあります。34歳での渡米とかなりの挑戦となりますが、これからも応援していきたいですね。

スポンサーリンク
スポンサーリンク