荻野貴司の嫁と子供!出身大学や高校は?年俸推移と愛車遍歴も紹介!

この記事では千葉ロッテマリーンズに所属する荻野貴司選手について取り上げたいと思います。

荻野選手は球界でも屈指の俊足を武器とする盗塁や広い守備範囲の守備でチームに貢献する、ロッテ随一のスピードスターです。

そんな荻野選手ですがどうやら結婚しているということが分かりました。そこでお嫁さんや子供について知り得た情報をお伝えします。

もちろん荻野選手の出身高校や大学などの経歴や、これまでの野球歴などについてもご紹介します。さらに気になる方も多い年俸推移や愛車遍歴などについても調査しましたので、お楽しみに。

荻野貴司の出身大学や高校など経歴

プロフィール
名前:荻野貴司(おぎのたかし)
生年月日:1985年10月21日
年齢:
出身地奈良県高市郡明日香村
血液型:O型
身長/体重:172m/75kg
出身高校:奈良県立郡山高等学校
出身大学:関西学院大学
趣味・特技:買い物
ポジション:外野手
背番号:0
所属チーム:千葉ロッテマリーンズ

学校でも地元のチームに所属していました。アマチュア時代は基本的に内野を守っており、奈良県の公立校である郡山高校でもプレーしましたが3年間で奈良大会の準優勝が最高成績に終わり甲子園出場はなりませんでした。

その後関西学院大学に進学すると1年生からショートのレギュラーとなり、卒業までに5回もリーグベストナインに選ばれるなど持ち味の盗塁だけでなくバッティングや守備でも高い安定感を発揮しプロからも注目される存在となりました。

しかしドラフト指名はなく社会人野球のトヨタ自動車へと進みました。

トヨタ自動車では外野手に転向すると守備負担の軽減からか打撃が更に向上し、都市対抗野球での活躍から一躍プロ注目の存在へと成り上がり、2009年のドラフト会議でロッテから1位指名を受けて入団しました。

社会人卒ということもあり即戦力として期待されて入団した荻野選手は開幕スタメン出場を果たすなど序盤から好調をキープし、特にプロでもスバ抜けた快足ぶりが注目を集めましたが5月にスライディングで右膝半月板損傷の大怪我を負ったことで残るシーズンを棒に振る結果となってしまいました。

翌年は内野手への再転向にも挑戦しましたが右膝の故障で満足にプレーできず、再び外野手に登録を変更。

以降は腰痛や肉離れなど度重なる筋肉系の怪我に悩まされて出場機会は限定的となったものの、出場すれば必ず高い盗塁成功率を記録し活躍するというシーズンが続きました。

プロ入り直後に比べると怪我による離脱も徐々に減り、2017年にはキャリアハイとなる成績を残すなど30代を超えてなお成績を伸ばし続けています。

荻野選手のプロでの獲得タイトル・受賞歴をまとめました。

主な記録
初回先頭打者ランニング本塁打 (2014年5月6日) ※史上8人目
初回先頭打者初球ランニング本塁打 (同上)※史上初

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荻野貴司の嫁や子供について

そんな荻野投手、精悍な顔立ちで女性ファンも多いのですが実は既に結婚されています。

結婚は2014年の荻野選手の誕生日である10月21日で、お相手は一般の女性ということで顔写真などは公表されていませんが年上で長身の綺麗な女性と報道されました。

元々はチームメートからの紹介で知り合った女性で、怪我に苦しむ荻野選手をサポートする優しさで2人の距離が大きく縮まったそうです。

奥さんはアスリート・フードマイスターの資格を取得しており、結婚生活でも食事面から大きく荻野選手を支えています。

結婚後の2017年には大きな怪我なくシーズンを終えることが出来たので、まだ子供は産まれていないようですがやはり家族の存在はアスリートにとって大きいのではないでしょうか。

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荻野貴司の年俸推移と愛車遍歴

プロ入りから長年けがに悩まされてきた荻野選手。気になる年俸の推移は以下のようになっています。
(金額は推定)

2010年 1500万円 (※契約金 1億円)
2011年 2500万円
2012年 2250万円
2013年 2150万円
2014年 3000万円
2015年 2730万円
2016年 3280万円
2017年 3280万円
2018年 3800万円
2019年 4500万円

そんな荻野の愛車はレクサスのようです。


【出典元:https://www.webcg.net/articles/-/38336

トヨタ自動車の展開する高級車ブランド、レクサスが荻野選手の愛車です。

レクサスは人気の高級車のひとつですが、やはり荻野選手はトヨタ自動車野球部の出身と言うこともあってトヨタの車を選んでいると思われます。

自動車メーカーからプロ入りした選手にはこのようなケースが多く見られます。

そんな荻野選手ですが、やはりプロ入り後はスピードがかなり速いにも関わらずスライディングが苦手だったため常に怪我に悩まされており、毎年春先は元気にプレーするものの夏ごろには怪我で戦線離脱してしまう事もあって「春の妖精」と呼ばれていたこともありました。

そうした経緯もあって入団後は「4」をつけていた背番号も「怪我がゼロになるように」と今では「0」を背負っており、2018年こそデッドボールで骨折してしまいましたが近年は自身のプレーによる怪我は減ってきています。

怪我を経て大きく成績を落とす選手も多い中で荻野選手は常に高い成績を残しており、30代中盤になった今でも快足を飛ばしてグラウンドを疾走する姿が魅力です。

荻野選手の経歴や家族、年俸から愛車まで紹介して参りました。大きな怪我を乗り越えてロッテの中心選手としてプレーする荻野選手はベテランとしてチームを引っ張る立場にもなっており、今後の更なる活躍に期待しましょう。

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