五十嵐亮太の嫁と子供!出身高校は?年俸推移と愛車遍歴も紹介!

この記事では東京ヤクルトスワローズに所属する五十嵐亮太選手について取り上げたいと思います。

五十嵐選手はプロ22年目の大ベテラン投手でありながらヤクルトブルペンを支える名セットアッパーです。
若手の頃は160kmに迫ろうかという快速球とフォークボールを武器としていましたが、現在は変化球と投球術を駆使し相手を抑え込んでいます。

そんな五十嵐選手ですがどうやら結婚しているということが分かりました。そこでお嫁さんやお子さんについて知り得た情報をお伝えしたいと思います。

もちろん五十嵐選手の出身高校など経歴やこれまでの野球歴なんかもご紹介します。

さらに気になる方も多い年俸推移や愛車遍歴などについても調べてみましたのでお楽しみに。

五十嵐亮太選手の出身高校など経歴

プロフィール
名前: 五十嵐亮太
生年月日:1979年5月28日
年齢:
出身地:北海道留萌市
血液型: A型
身長/体重:178cm/95kg
出身高校:敬愛学園高等学校
趣味・特技:スワローズマン
ポジション:投手
背番号:53
所属チーム:東京ヤクルトスワローズ
獲得タイトル:最優秀救援投手1回(2004年)

五十嵐選手のお父様はスキーアルペン競技の国体選手、叔父は高校野球の投手というスポーツの才能を生まれながらに持っていました。

また、五十嵐選手のお母様はヤクルトの元監督若松勉氏と同じ中学を卒業しています。お母様は頭脳明晰だったとのこと。

こうして見ると、五十嵐選手がプロ野球選手として、しかもヤクルトで活躍することは必然だったと言えます。

五十嵐選手の父は北海道夕張市、母は同じく留萌市のご出身です。

五十嵐選手は札幌市で小学校時代を過ごし、その後千葉県花見川区に引っ越し、柏井ジャガーズという軟式野球チームで五十嵐投手の野球人生は始まります。

高校は千葉県稲毛区にある私立敬愛学園高校に進学し、監督に肩の強さを見込まれた五十嵐選手は、高校で投手に転向します。

高校から投手になってドラフト2位指名でプロ入りした五十嵐選手。

才能はあったにしろ、指導者・環境にも恵まれ、何より本人の努力があった結果ということなのでしょう。

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五十嵐亮太選手の嫁と子供について

「球界のキムタク」という異名も持つほどのイケメンの五十嵐投手ですが、本家キムタク同様結婚しています。

お嫁さんは横浜ベイスターズのマスコットガールをされていました。

結婚した年度は分かりませんでしたが、2003年に第一子である長女が誕生していますので2001~2002年頃に結婚したのでしょう。
その後、2007年には第二子として長男が誕生しています。お子さんはこの二人だけです。

五十嵐選手はイケメンですし、お嫁さんもマスコットガールを務めるくらいなのでさぞ美人さんと推測されます。

きっと二人のお子さんどちらとも、モテモテなことでしょう。

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五十嵐亮太選手の年俸推移と愛車遍歴

ここで22年もの長きにわたり、プロ野球選手として活躍する五十嵐選手の年俸推移を見てみます。(金額は全て推定です)

1998年:540万円(契約金6000万円)
1999年:560万円
2000年:1600万円
2001年:4300万円
2002年:3900万円
2003年:8000万円
2004年:9600万円
2005年:1億6400万円
2006年:1億1000万円
2007年:7200万円
2008年:5400万円
2009年:8400万円
2010年:150万ドル(約1億8000万円・MLB)
2011年:150万ドル(約1億8000万円・MLB)
2012年:100万ドル(約1億2000万円・MLB)
2013年:2億円
2014年:2億円
2015年:1億5000万円
2016年:3億5000万円
2017年:3億5000万円
2018年:3億6000万円
2019年:2000万円

リリーフとしてプロ2年目の1999年から1軍に定着した五十嵐選手。2004年には最優秀救援投手のタイトルを獲得し、1億円プレイヤーの仲間入りを果たしました。

しかしその後は成績が少しづつ下降し、2006年には右肘靭帯断絶によりトミー・ジョン手術を受けます。そのリハビリに充てた2007年は一切の公式戦登板が無く、2008年シーズンの年俸は全盛期の3分の1にまでなってしまいました。

しかし、その2008年シーズン、五十嵐選手は見事復活を遂げ、FA権を取得します。2009年シーズン終了後、FA権を行使し、MLBニューヨーク・メッツへ移籍しました。

MLBで3年プレーした2012年オフ、五十嵐選手は古巣ヤクルトではなく、パ・リーグの王者・福岡ソフトバンクホークスでNPBに復帰します。

2013年シーズンから6年間、ホークスでプレーした五十嵐投手は故障もあり2018年シーズンオフに戦力外通告を受けます。
しかし、まだまだ現役続行を望んでいたところ、古巣ヤクルトからオファーがあり、迷うことなく神宮のマウンドに帰還しました。

前年度の故障が椎間板ヘルニアだったこと、40歳を迎えるベテランということも加味されてか年俸は一気に3億4000万円もダウンしてしまいます。

それでも五十嵐投手は2019年シーズン、手薄なヤクルトリリーフ陣をまさに獅子奮迅の活躍で支えています。

2020年シーズンの年俸は再び億に近いものとなりそうです。

そんな五十嵐選手の愛車ですが、残念ながら情報がみつかりませんでした。

愛車ではありませんが、五十嵐選手にはかつて「スワローズマン」なる親友がいたことをご存知でしょうか。

ちょうど五十嵐選手が肘の手術を受けた2007年のファン感謝デーにやってきたこのヒーロー(?)の正体は、知り合いの覆面レスラーから贈られたマスクを被った五十嵐投手本人だったのです。

手術を受け辛い思いをしているのに、そんな時でもファンを楽しませようとする五十嵐選手の優しさを垣間見たエピソードでした。

最後に、五十嵐選手が日本記録保持者だということをご存知ですか?

その記録とは、「デビューからの連続リリーフ登板数」です。
2018年シーズン終了時で777試合。今シーズンも40試合にリリーフ登板していますので記録は更新中なのです。ちなみに、この記録の2位は藤田宗一元投手(千葉ロッテ他)の600試合。つまり、五十嵐投手はぶっちぎりの記録保持者なのです。

先日、NPBだけで登板数が800試合に達し、かつて在籍したホークス戦の試合前に表彰されていました。

日米通算1000試合登板という日本人初の快挙も見えてきた五十嵐投手。日本記録が更新されゆく様を令和の時代にリアルタイムで見られるなんて、何とも贅沢じゃありませんか。

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