青木宣親の嫁と子供!出身大学や高校は?年俸推移と愛車遍歴も紹介!

この記事では東京ヤクルトスワローズに所属する青木宣親選手について取り上げたいと思います。

しばらく大リーグでプレーしていましたが2017年オフに古巣ヤクルトへ復帰した日本を代表するヒットメーカーです。

そんな青木選手ですがどうやら結婚しているということが分かりました。そこでお嫁さんやお子さんについて知り得た情報をお伝えしたいと思います。

もちろん青木選手の出身大学や高校など経歴やこれまでの野球歴なんかもご紹介します。
さらに気になる方も多い年俸推移や愛車遍歴などについても調べてみましたのでお楽しみに。

青木宣親の出身大学や高校など経歴

プロフィール
名前:青木宣親
生年月日:1982年1月5日
年齢:
出身地:宮崎県日向市
血液型:A型
身長/体重:175cm/80kg
出身高校:宮崎県立日向高等学校
出身大学:早稲田大学
趣味・特技:ショッピング
ポジション:外野手(中堅手)
背番号:23
所属チーム:東京ヤクルトスワローズ

青木選手の実家は宮崎県日向市内で保険代理店を営む株式会社青木商事を経営しています。現在は青木選手のお父さんが会長職を務め、青木選手のお兄さんが代表を務めています。

青木選手は小学校に入るとともに地元のスポーツ少年団に入り、6年生のときに投手として県大会で優勝を果たしました。中学時代や高校時代も目立った実績はなく、指定校推薦で早稲田大学へ進学します。

早稲田大学時代には後にプロ入りする鳥谷敬、比嘉寿光、由田慎太郎ら6人と共に早稲田大学野球部史上初の4連覇を達成しました。青木選手は2番打者として出場し、1試合6得点という六大学野球記録を樹立します。.332という大学通算打率を記録し、2003年のドラフト会議では東京ヤクルトスワローズに4巡目で指名されました。背番号は23です。

青木選手は入団2年目にスタメンへ定着。イチロー選手以来2人目となるシーズン200安打を達成し、最多安打と首位打者のタイトルを獲得し、新人王に選ばれます。

翌年以後も高打率を記録し、俊足を活かして盗塁を積み重ねますが、2009年には体を痛めてシーズン前半には打率が2割5分を下回るほどの不振に陥ります。しかし後半戦には盛り返し、最終的には打率3割を記録します。この年のオフには背番号を1に変更します。

2010年には自身2度目のシーズン200安打を達成し、翌年の2011年オフにポスティングシステムを行使してミルウォーキー・ブルワーズへ移籍します。

ブルワーズでは5月からスタメン起用が増え、シーズン前半には打率3割を記録します。後半戦は無安打が続くなどやや数字を落とし、最終的には打率.278 5本塁打 19盗塁という成績を収めます。2013年には開幕戦でホームランを打つなど打撃も好調で、リーグ最多の140単打を打つなど縁の下の力持ちとして活躍します。この年の12月にカンザスシティ・ロイヤルズへトレードで移籍します。

ロイヤルズでは1番・右翼手としてスタメン出場し、故障離脱もありましたが、チーム29年ぶりのポストシーズン進出へ貢献します。この年のオフにはFAとなりサンフランシスコ・ジャイアンツへ移籍します。ジャイアンツでは左翼手としてスタメンで出場しますが故障や死球が相次ぎ、規定打席に到達できませんでした。この年のオフ、ジャイアンツは契約オプションを行使せずFAとなりシアトル・マリナーズへ移籍します。

マリナーズでは攻守に精彩を欠き、シーズン最終盤で盛り返しますが、打率や出塁率でキャリアワーストを記録します。翌年オフにはヒューストン・アストロズへ移籍、そのシーズン途中にトロント・ブルージェイズへ移籍。更にオフにはニューヨーク・メッツへ移籍します。2017年オフには再び自由契約となり、古巣のヤクルトへ復帰します。

ヤクルト復帰後1年目となった2018年シーズンはいきなり3割を超える打率(.327)とキャリアハイとなる67打点をマークしチームのリーグ2位に大きく貢献しました。

青木選手の主な獲得タイトル・受賞歴をまとめてみました。

主な獲得タイトル
・首位打者;3回(2005年、2007年、2010年)
・最多安打:2回(2005年、2006年)
・最高出塁率:2回(2007年、2009年)
・盗塁王:1回(2006年)
・ベストナイン:7回(外野手部門:2005年―2011年)
・ゴールデングラブ賞:6回(外野手部門:2006年―2011年)
・月間MVP:4回(野手部門:2005年8月、2007年4月、2010年9月、2018年6月)

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青木宣親の嫁や子供について

青木選手は2009年に当時テレビ東京のアナウンサーだった青木佐知(旧姓:大竹)さんと結婚しました。

二人のなれそめは佐知さんが青木選手を取材したことだそう。

青木選手は佐知さんに一目惚れし、知り合った次の日には結婚を前提とした交際を申し込んだそうです。

佐知さんは青木選手に「じゃあ明日の試合でヒットを3本打ってください」と冗談半分に答えたらしいのですが、なんと青木選手は本当に翌日に3本のヒットを放ちます。

佐知さんは青木選手と真剣に交際を始め、ゴールインを果たします。佐知さんはテレビ東京を退社し、現在は専業主婦として青木家を支えています。

そんな青木選手と佐知さんの間には男女1人ずつ、2人の子供がいます。

名前や顔写真などは公表されていませんが、女の子のほうはメジャーリーグで「Emily」という名前だと紹介されたことがあるので、どうやら「えみり」ちゃんのようですね。

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青木宣親の年俸推移と愛車遍歴

ここでは日米で活躍した青木選手の年俸推移をご紹介します。

2004年・・・1000万円(※契約金7000万円)
2005年・・・1000万円
2006年・・・7000万円
2007年・・・1億4000万円
2008年・・・2億2000万円
2009年・・・2億6000万円
2010年・・・2億8000万円
2011年・・・3億3000万円
2012年・・・100万ドル(約1億円)
2013年・・・171万2500ドル(約1億2000万円)
2014年・・・195万ドル(約2億円)
2015年・・・400万ドル(約4億円)
2016年・・・550万ドル(約6億円)
2017年・・・550万ドル(約6億円)
2018年・・・3億3000万円
2019年・・・3億3000万円
2020年・・・3億3000万円

最後にこちらも気になる方の多いと思われる青木選手の愛車情報についてお伝えします。

青木選手がヤクルト時代に乗っていたのはランドローバー社のレンジローバーだそうです。
イギリスの誇るSUV車ですね。価格はおよそ1400万円です。


【出典元:https://autoc-one.jp/landrover/rangerover_evoque/report-2094916/

またアメリカでは愛車をフォード社の高級SUVであるリンカーン・ナビゲーターに乗り換えているようです。
価格は1000万円ほど。フォード社と言えばアメリカでも代表的な自動車メーカーです。「郷に入れば郷に従え」ということなんでしょうか。


【出典元:http://amesha-world.com/regulararticles/detail.php?id=2487

この記事では日本を代表する巧打者の一人である青木選手のこれまでの経歴や野球歴のほか、嫁や家族のこと、年俸推移や愛車について紹介してきました。

青木選手はアメリカンドリームを叶えてヤクルトへ戻ってきました。

渡米前とは選手の顔ぶれもだいぶ変わっていますが、まだまだ若手にも負けない活躍を見せる青木選手。出来るだけ長く現役を続けてほしいですね。

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